ex-TYPIST

元TYPIST,現Therapist(予定)

スペインのウェス・アンダーソン/オーソン・ウェルズのスペイン(2021年10月)

ウェス・アンダーソンの新作『Asteroid City』はマドリッドから車で40分の町,チンチョンで撮影が行われている(2021年10月現在)。

www.screendaily.com

8月下旬の時点で,スペインの国内メディアによって,屋外に建設されたモニュメントバレー風のセットを遠景から撮影した写真とともに,撮影隊がチンチョンのパラドール(スペイン政府が運営する,歴史的建造物を利用したホテル)を借り上げており,町の飲食店のケータリングなども利用するため大きな利益をもたらしている,という報道があった。

elpais.com

たまたまチンチョンを車で通りかかる機会があったので,そのセットを探してみた。当然セットに通じる道は封鎖されており,かなりの距離からしか眺められないのと,スマートフォンのカメラで撮ったものなので画質等々そんなものではあるが。

遠くに見えるモニュメント・バレー風のセット。

よく見ると高速道路みたいなものもあり,単なるモニュメント・バレーの再現でもなさそうだ。

裏側。

セットのサイズについては以下の記事の画像が参考になる。(これによると『荒野の用心棒』や『スパルタカス』など過去に200本以上の西部劇や歴史劇がチンチョンを含むマドリッド州内で撮影されたらしい。)

www.niusdiario.es

いくつかの報道でも言及されているとおり,『Asteroid City』の撮影隊もおそらく西部劇か,あるいは西部劇のように見えるが西部劇ではないものを撮っているのだろう。

上にリンクを貼ったEl Paísの記事によると,チンチョンが選ばれたのは景観や物流,ウェス・アンダーソンがフランスに住んでいるため便利,そしてオーソン・ウェルズが『フォルスタッフ』とテレビ映画『不滅の物語』を撮影した町であったことが理由だという。後者ではこのマドリッド近郊の町をマカオに作り上げて撮影しており,その点で今回ウェス・アンダーソンがスペインで西部劇(のようなもの)を作ろうとする試みとも共鳴するように思う。

実はこの挿話を読むまでオーソン・ウェルズとスペインの関係をすっかり忘れていたが,彼が晩年まで挑戦し続けたものの未完に終わった作品はまさに『ドン・キホーテ』であり,また彼の遺骨はアンダルシアのロンダにある闘牛士アントニオ・オルドニェスの私有地に埋葬されている。

『フォルスタッフ』と『不滅の物語』はマドリッド近郊セゴビアのペドラサでも撮影され,『アーカディン氏』もまた同地で撮影されたようだ。『アーカディン氏』の邸宅の外観にはセゴビアのアルカサルが選ばれているし,先日別記事で触れたセゴビアの水道橋も出てきていた(完全に忘れていた)。

movie-tourist.blogspot.com

『フォルスタッフ』は他にもカタルーニャのカルドナ,マラガのコルメナル,マドリッドカサ・デ・カンポ,カスティージャ・イ・レオンのソリア,バスク地方でも撮影が行われたという。(この辺手元に文献がなく,英語版とスペイン語版のWiki情報。)

チンチョンは広場を中心に持つこぢんまりとした町で,'Asteroid City(小惑星都市)'という呼び名がしっくりくる。どんな映画撮ってるのかはまだわからないものの,ウェス・アンダーソンが好感を持つのもわかるような気がする,と勝手に思いながら歩いていた。

一方で,ハリウッドと悪戦苦闘し,しばしば不遇であったオーソン・ウェルズはチンチョンに,あるいはスペインの地に何を見たのだろうか。広場にはチンチョンで撮影した数々の映画のポスターが掲出されており,その中には久しぶりに見かける,だが一目でそれとわかるオーソン・ウェルズの姿もあった。